Hさんのこと

 「Hさんに相談に行くから!」と、けんかになると母は父によく言ったものだった。ちいさなころからそうだった。どうも、そのHさんは、両親の仲人だか媒酌人だかのようだった。父と母は見合い結婚で、Hさんは父側の人だった。父が世話になった人のようだった。頭が上がらない、というような人なのかもしれない。
 それにしてもだ。ずいぶんと家庭環境というか育ちの違う母と父だ。母は東京の比較的穏健で恵まれた家庭に育ち、自らは銀行勤めだった。父は広島出身で……いろいろと複雑な心理的背景を持ち、W大で旗を振っていたらしい。「育ちが違う」と二人ともよく言ったものだった(それほど険悪な意味でなく)。その母が、やけにそのHさんをたよりにしているというのが、だんだんと不思議になってきたものだった。どれだけ親身なつきあいがあったのか、よくしらないけれども、たまに顔を合わせるとか、そういう話もなく、連絡をとりあってるかどうかもあやしいのだった。それなのに、母はHさんに絶大な信頼をよせており、まるで彼に話を通せば、父に関する問題のすべてが解決するかのような、そんなものいいだったのだ。母がだれかに頼ろうというような態度をしめすのは、実にめずらしいことだった。
 まあ、結局のところ、神頼みのHさんに母が泣きを入れたことがあったのかどうかというと、なかったようだ。けっきょく、けんかのときの脅し文句として出てくるばかりであった。その、なぞのHさん。インターネットのヤホーで検索したら、すこし正体がはっきりしたのだった。そういうことなんだけれども、u...seaさん。