夜のおねえさん

 俺、おっさん三十路にして、女性がもてなしてくれるお店に入ったことがない。一緒にお酒を飲んでくれる飲み屋さんだ。俺は、そういう店に入ったことがない。俺が、外でお酒を飲むというと、チェーン居酒屋かファミレスくらいのものだ。
 昔、大船に、キャバレーホンコンというのがあって、塾の行き帰りに、将来、大人になったら、こういうところで、飲むのだろうと思っていたけれども、そういうことには、ならなかった、ということだ。城には行ったけど、キャバレーには行かなかった。キャバクラも、その他、分類のしかたもよくわからないが、ともかく、行ったことがない。
 俺、よくわからんのは、お金はらって、性的なサービスを受けるというのなら、なんとなくわかるが、高いお金はらって、一緒にお酒飲んで、それでどう楽しいのか、ということ。
 でも、最近、こう、会社の帰りに、すれ違うんだ。俺が、羽衣から蓬莱、蓬莱から不老、不老から扇、扇から寿、松影と行くのとは逆に、彼女たちは、寿から扇、不老、蓬莱、羽衣、長者……夜のどこかに吸い込まれていくのだろう。
 ばっちりと、決めているのであろう、彼女らは、とてもうつくしい。きたない、寿町の境界線で、きれいな、マンションから出てきて、タクシーを待つ、ばっちり決めているのであろう、街角には、不似合いな、シアトリカルすぎる、衣装の、うつくしい。長い脚のラインが、透けて見える、薄い衣の、車のライトのつくるシルエット、すれ違う、よい香り。
 ああ、俺の知らない、世界が、あるのだろう。大人の、世界があるのだろう。俺は、夜のおねえさんにあこがれる、一個の男子高校生のような気持ちになる、俺、三十路の個体。よく考えてみれば、ひょっとしたら、夜のおねえさんたちは、俺の年下。
 俺は、一人の部屋、一つの部屋に帰り。座椅子に座って、ファミスタをやるんだ。前田健太から菊地原毅菊地原毅から横山竜士、最後をしめるのはM・中村M・中村のカーブは打ちにくいぜ、おねえさん。俺はいつも三球目に、内角に甘い球を投げるから、それを狙ってみなよ、おねえさん……。