かもさん、かもーっす。あのね、聞いてくださいよ、ぼく、自転車を掃除するのに自動車用のフクピカ使ってるんですよ。それで、朝の出社前にちょっと拭いて、もうドアの鍵閉めちゃったから、面倒でそのまま前カゴに入れたまんまだったんです。それで、会社の駐車場って、まあ屋根の下だけど出入り自由みたいなとこなんですけど、そこに駐めておいたじゃないですか。それで、夜になって帰ろうとしたら、フクピカなくなってんですよ。フクピカが、ない。朝使ったゴミだけ残ってんの。ぼくの素晴らしいLOUIS GARNEAU MV-1もつけっぱなしのライトも無傷で、使いかけのフクピカなくなってんすよ?
それで、ぼくはもうポケーッとした性格なんですけど、わりとフラットに、あの、胸とかお腹とかに来ない感じで、頭の中だけで軽くむかついて、「次はちょっと美味そうな惣菜パンでも入れておいて、それを二回、三回盗ませたあと、殺鼠剤でも入れてみようか」とか思ったんですよー。でも、それって傷害罪とかになるんですかねー?
それはそうと、俺からフクピカ盗んだやつは、いったいなにをピカピカにしようっていうのか不思議じゃないっすか。え、おまえ車持ってるくらい金持ちなら、フクピカ買えよ! みたいな話っしょ? まったく意味わかんないじゃないっすか。
それで、たとえば、目の前のコインパーキングに何日か前から間違い探しみたいなヤクザのすごいベンツ並んでんですけど、ヤクザってのは、そこにあるもんサラッとパクったりするもんですかね? あ、運転手の若い衆とかならやるかもしれないっすね。でも、カゴは籐製風だから、近づかきゃみえねえんですよ? けど、それがヤクザの勘みたいなもんですかね。それで、フクピカがベンツに使われたんなら、フクピカも「あれ、俺なんか自転車拭かされてたけど、これ本業じゃね? つーか、ベンツとかすげえいいし」とか思ったりするっすかねー?
けど、やっぱり金のない貧乏なやつだと思うんすよ。たとえばホームレスで、このごろ暖かくなってきて、なんか体をすげー拭きてーみたいに思って、なんか勘違いして、自分の体フクピカしちゃうって盗ったんすかねー? でも、フクピカで体拭いたらどうなんのって思いません? なんかピカピカになるんすかね? まあ、それでも絶対に許さない。
それともなんか、子供、なんか子供かもしれないっすね。スラム寿町のガキっすよ。それで、そいつはなんとか貧困から成り上がろうとしてて、ふとフクピカが目に入って、なんか閃いてパクるわけです。それで、渋滞中とか、信号待ちの自動車にはりついて、車をフクピカするからお金くださいって、画期的なビジネスはじめるんですよ。それで、今はソーシャルなネットワークの時代っすから、心優しい自動車乗りが、ツイッターとかフェイスブックとかで「こんな子供いてかわいそう」とかなって、ワーって車とか集まってくるの。それで、其のガキもiPhoneとか買えるようになって、やっぱり今、ソーシャルとかネットワークの時代だから、どこそこで渋滞しているとか、そういう情報をゲットして、スラムのガキ集めて起業っすよ。もちろん、今、ソーシャルとかネットワークの時代じゃないっすか? すぐに出版、映画化っすよ。若きソーシャル長者っすよ。
それで、ある日、その若きソーシャル長者が、すごくすごいベンツに乗って、ふと自分の原点であるスラム寿町を流すわけです。そしたら、なんか前の方に、桜色の塗装も剥げたボロボロのLOUIS GARNEAU MV-1に空き缶山積みにしてズルズル歩いてるホームレス見かけるわけです。それで、そいつピーンとくるんですよ、なにせ優秀な若きソーシャル長者じゃないっすか、記憶力もいいんですよ。
「ああ、あれはあの日ぼくがフクピカを盗んでしまった自転車ではないか。持ち主はホームレスになってしまったのか!」
って、若き日の過ちが蘇ってきたりするんですよ。それで、すごくすごいベンツの窓を開けて、「おじさん、ぼくはあなたに謝らなければいけないことがあるんです……」ってなるんすよ。で、結局、俺は彼のすごくすごいベンツをフクピカで拭いて、さらにフクピカと車を盗まれないように見張る仕事をもらえるわけです。それで、今、ソーシャルとかネットワークの時代っすから、そんな話、なんかディッケンズの短編みてえじゃね? って、俺、ディッケンズ読んだことないんだけど、まあそんなんなって、すぐにネットでブレイクして、出版、映画化っすよ。
それで、俺はですね、インタビューとかでこう答えるわけです。
「わたしはあの日、フクピカを盗まれたことなんてちっとも気にしませんでした。そもそも、盗む、盗まれるとはどういうことでしょうか。そこには所有という前提があります。しかし、この大きな世界の営みから見たら、ちっぽけな一個の人間が一個の物を自分のものだ、誰のものだというのは、いかにも滑稽なことです。
みな、物欲というものにとらわれて、あれが欲しい、これが欲しい、なにかを自分のものにしたいと思います。けれども、物を所有する、支配するなんて、世界にとって塵一つが塵とたまたまくっついているようなことにすぎません。長い宇宙の歴史から見たら、まったくの刹那のことに過ぎません。そこにどれだけの意味がありますか?
だから、物を盗られるなんて大したことじゃないんです。それよりも大切なことは、物によって人の心が、精神がなにをなすかということです。人間の精神は世界の広さや時間の長さから規定できないものです。わたしのフクピカが、一人のスラムの少年を物的にでなく精神を救った。そして彼が、多くの仲間の精神を救うことになった。そのことがなによりも大切なことなのです」
それで、今、ソーシャルとかネットワークの時代で、いい話ってウソでもいいから拡散希望がルールだから即効でブレイクするし、まったく悪くないじゃないっすか。俺もベンツか? いや、BMWがいいなとかって。
それで、マジ、俺は俺から俺のフクピカ盗んだやつが、恩返しすんの待ってるわけで、早く俺もホームレスになんなきゃいけないんで、忙しいからこのあたりでおつかもさまー。
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……これで三度目の窃盗被害だ! まったく横浜市中区はひどいところだ。 まあ、南区の弘明寺あたりに比べたらマシだがな。