2000文字

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長い文章が書けなくなったらつらい。最近、つとにそう思う。そして、最近、長い文章が書けなくなっているような気がしている。長い文章を書いていないからだ。長い文章といったって、一冊の本になるような長い文章じゃない。ちょっと長めの一エントリといったところだ。せいぜい1000文字か2000文字でもあれば十分だ。それがどうも書ける気がしない。年度末、土曜日もない日々の労働が、疲労がそうさせているのだと、そう思いたい。思いたいが、おれの脳みそが悪くなっていってしまって、長い文章を書けなくさせているのだとしたら、とてもつらい。

べつにそれで仕事ができなくなるわけじゃない。仕事でいくらかものを書くといっても、それはもうとても短い。あるいは、冗長な他人の文章をぶった切るようなことばかりしている。少なくとも2000文字のテキストをなおすことを求められることはあっても、白紙からそれを求められることはない。

じゃあおれは長い文章を書く必要なんてないはずだ。だれにも要求されちゃいないんだ。自己満足だとしても、そもそも長い文章になるだけの思想も感想も体験もないのならば、無理して長い文章を書く必要があるはずもない。

それなのに長い文章を書けないことに不安を感じているのは、おれは長い文章が書けるのだと思いたい、そういう心がある。書こうと思えばいくらだって文章なんて書けるんだという、根拠のない自信。それを失うという不安。不安になる理由などないのに、不安になる。喪失するべき対象がそもそも空っぽなのに、その喪失に不安になる。妙な話だ。

妙だなんて本当は思っていない。少しは長い文章を書けるという空疎な自信、それがおれのほんのちっぽけな、あるいは最後の拠り所なのだ。たぶん。拠り所がないとつらくなる。普通の人でもそうだろう。

おれは普通ではないのか。分類の仕方によっては普通じゃない。双極性障害睡眠障害だ。それらに加齢が加算されて書くことができないのか。それとも、それらに対する処方薬のせいで書くことができないのか。

究極的なところで、おれは薬をとるのか、書くことをとるのか。薬、だろう。駄文を書き連ねたところで誰が読むわけでもなく、おれが幸せ近づくわけでもなく。ただ、憂さ晴らしにはなっているかもしれない。

何度も書いてきたことと思うが、おれはおれの書いた言葉を信じない。書いた瞬間に嘘になると思っている。おれが呪詛を書き連ねたところで、おれにとってはもうそいつらは嘘にならざるを得ない。他人がどう読もうと知った話じゃない。おれにとっては虚構になる。かといって呪いの反対、祝いがおれの中に生じるわけじゃない。ただ、書いたことに縛られるということはない。そんなふうに思ってる、と書いたことによってクレタ人がこっちを見ている。

ようやく1000字を越えた。なんて内容がないのだろう。これは酷すぎる。酷すぎるが、もしも疲労で書けなくなっているのだとしたら、どうだろう。書けない、書かないことによって、よりいっそう書けなくなる。原因はなんであれ、つらい。だから死んでもラッパをはなさないように素振りをつづける。

いつかはもっと気の利いたことを文章のあちらこちらに散りばめられるだろう。いつかは読み手の首根っこを掴んで一気に読まざるをえないようなものを書けるだろう。いつかは言葉と言葉がすばらしい韻を踏んでジャンプ! そしてピヴォットしたりピルエットしたりするだろう。

……おれは失われたものについて書いているような気がしてならない。おれにはそういうものが書ける時期があったのかもしれない。10年前か15年前くらいには。ここに残っているのは哀れな虚ろ。なにかきらめきのようなものが走り抜けていってしまった、そんな夢を見た。この間の話だ。おれは、青春の影が走り去ってしまったものと思っていたが、違うのかもしれない。そもそも青春なんてものがあったろうか。

自分にはなんらかの才があったかもしれないと思いつつ老いてゆく。後悔もなにもなく、失われたものをじっと見つめる。恐ろしいか? 考えたくもないか? でも、もう遅いことなんだ。才はなかった。時もこなかった。すべての馬はレースを終えてしまった。もう帰る時間だ。そのくらいのことはわかっている。今週の負けは今週の負けだ。それで終わりだ。来週が来るなんて思うべきじゃない。つらさが増していくだけのことだ。

それでも諦められぬという呪詛を刻みつけようか。遠き山に日は落ちる。あたりはもう暗い。おまえは自分がなにを書いているのか読めなくなってしまった。それでも尖った石で洞窟の壁になにかを刻もうというのか。いったい、何の命令で、おまえはそんなふうになってしまったんだ? いったい、誰の命令で、おまえはそんなふうになってしまったんだ。

ありきたりのでくのぼう。醜態を晒したところで誰も見ない。悪くない冗談、笑えない嘘。