第81回 東京優駿のこと

「こういうときは泣いてもいいのかな」
 検量室前の「1」と刻印された、勝ち馬のための枠場で、橋口弘次郎調教師がつぶやいた――。

橋口調教師、ダービー初制覇の「涙」。ワンアンドオンリーと追う新たな夢。 - 競馬 - Number Web - ナンバー

 おれは大久保洋吉がそうつぶやいたらいいのにな、と思ってショウナンラグーンの馬券を持っていた。吉田豊は大外から追撃したが、内を進む先行勢を飲み込むことはなかった。メジロ牧場はもうないし、大久保洋吉も競馬会を去る。橋口弘次郎だって遠くない。おれの知ってる競馬は年々なくなってきている。追憶の中でたくさんの馬が走り、おれは目の前の競馬を見ることを忘れている。
 勝ったワンアンドオンリー横山典弘は見事だった。先行するんじゃないかとは思ったが、ずばりハマった。もうちょっとスタミナ寄りの馬が来るんじゃないかと適当に思ったので、イスラボニータは軽視していた(フジキセキだからといってドリームパスポートがいたじゃないか、とも思うが)。マイネルフロストはまったく眼中になかった。
 昨年有馬記念以来の馬券はさんざんだった。目黒記念ラブイズブーシェを本命にしたが1着も3着も抜けていた。もう馬券はこりごりだ。そもそも、女が「エキマエ」という馬名を面白がり、買いたがったので、おれもそれにつきあったに過ぎないのだが。そのエキマエの逃亡劇は江田照男らしくてよかった(故障は心配だったが「右寛跛行」らしいので馬は無事か)。そんなものを見るのもあと何度か。来年のダービーは買えるだけの余裕があるのか。路上生活、拾ったスポーツ新聞で結果を知る。そんな可能性もある。千代に八千代にグダグダと馬券を買っては負ける、それでいて生きていけるような……人生を送りたかった。