入国審査官

入国審査官の朝は早い。夜は遅い。ときには深夜に呼び出されることもある。休むことは許されない。私が休むと外国から正体の知れない外国人が入ってきてしまう。私の使命は外国人を正しい形で、この国に入れることだ。

 

その日はあさから目眩がひどかった。それでも私はカウンターに立った。それが私の責務だ。この国の出入国は私一人の双肩にかかっている。

 

朝一番の飛行機がやってきた。数人の外国人が降りてきた。かれらは一列に並んで、私がなにか言う前に、いっせいに話しかけてきた。

 

「ハイ、私はハッチです。野球をやりに来ました」

「ハイ、私はハーンです。野球をやりに来ました」

「ハイ、私はレイノルズです。野球をやりに来ました」

「ハイ、私はシャイナーです。野球をやりに来ました」

「ハイ、私はルメートルです。競馬の騎手をやりに来ました」

 

ちょっと待ってほしい。いっせいに話しかけないでほしい。私は目眩がひどくなったのを感じた。こういうときどうするのか。私には経験がある。こういう場合は、一件ずつ片付けるのだ。

 

「ちょっとお待ち下さい。順番に手続きします。まず、騎手のルメールさん」

「ノー、私はルメートルです。ルメールではありません」

「騎手なのにルメールでないのはあやしいですね」

「ルメートルはルメートルです。ルメールではありません」

「ラ・メールとも関係がないのですか?」

「ラ・メールの馬には乗ったことがありません」

「それはなおさら怪しいですね。あなたはあちらの個室で少しお待ち下さい」

ルメートルを名乗る男は大人しく部屋へ向かった。

 

「では……」

「ハイ、私はハッチです。野球をやりに来ました」

「ハイ、私はハーンです。野球をやりに来ました」

「ハイ、私はレイノルズです。野球をやりに来ました」

「ハイ、私はシャイナーです。野球をやりに来ました」

 

「どこのチームでプレイするのかそれぞれお答えいただけますか?」

 

「カープです」

「カープです」

「カープです」

「カープです」

 

「それでは、ポジションを教えてもらえますか?」

 

「ピッチャーです」

「ピッチャーです」

「内野手です」

「内野手です」

 

私の目眩はさらにひどくなってきた。

 

「まず、ピッチャーのお二人、右投げですか? 左投げですか?」

 

「右投げです」

「左投げです」

 

「では、右投げのハッチさん、あなたは誰の代わりに来たのですか?」

 

「アンダーソンさんです」

 

「では、左投げのハーンさん、あなたは誰の代わりに来たのですか?」

 

「ターリーさんです」

 

入国審査官の私の知識と経験が告げる。カープはアンダーソンとターリーと契約しなかった。アンダーソンもターリーも悪い成績ではなかったが、おそらく年俸で折り合わなかったのだろう。それにふたりともシーズン通して働けるかわからないところはあった。新しい外国人投手の獲得は必至だろう。この二人は怪しくない。

 

「お二人とも、お通りください」

 

「ハイ、私はレイノルズです。野球をやりに来ました」

「ハイ、私はシャイナーです。野球をやりに来ました」

 

「内野手のお二人、もう少しくわしいポジションを教えてください」

 

「内野の全ポジションを守れます」

「一塁と三塁を守れます」

 

入国審査官の私の知識と経験が告げる。カープは外野手の西川龍馬が抜けた。しかし、外野手には伸びてきている若手がいる。では、内野手はどうか。ショートの小園はシーズン通しての活躍が期待されているし、不動のスタメンでなくてはならない。セカンドはやはり菊池が不動と言いたいところだが、さすがに年齢が高くなってきた。休み休みとなることだろう。では、若手の矢野や韮澤はどうか。まだ打力に不安が残る。そこに全ポジションを守れるレイノルズを補強するのは悪くない。というか、そもそも一塁と三塁が不安定なのだ。いつまでも上本のユーティリティーに頼るわけにもいかないだろう。マクブルームとデビッドソンなしでもやれたのだが、そこに戦力となる二人が入れば……広島優勝? 優勝するのか? ……。

 

入国審査官の夜は遅い。

 

未完