三賢人の到来

古紙回収博士◆
終末の夜、フライパンにお好み焼き(最近毎日お好み焼きを食べる毎日です)を流し込んだ瞬間、ドアをノックする音がする。私のワンルームのアパート、台所即ち玄関である。その時ドアは私の真横にあった。私は面倒なのでドアを開けた。もしも暴漢だったら、半生のお好み焼きぶつけてやるんだから。いや、こんな僻地のアパートに暴漢どころか新聞勧誘員すら来ない。しかし、立っているのは若いイケメン風のお兄さんで、一見勧誘員風。ところが、彼が求めるのは新聞の購読ではなく、古紙の回収であった。「出し残した新聞や雑誌はありませんか?」と彼。(……、新聞数紙とテレビブロス数冊あるかな)「いや、特にないです」と私。すると、新聞屋が回収用に配るのと同じような袋を渡してきて「また来月きますので」と去っていった。お好み焼きはうまく焼けた。
国勢調査博士◆
土曜日の朝、私は休日出勤を急いでいた。アパートの外階段を降りると、中年の男女と一人の若い女性がいた。私はそれを一瞥して「部屋探しに来た親子と不動産屋だな」と思った。その脇を通り過ぎようとすると、中年男性から「ちょっとお兄さん」と声を掛けられた。「国勢調査なんですけど、お兄さん一人暮らし? 部屋に他の人いますか?」と彼。(……、ここ一人暮らしアパートって知らないのかな)「いや、一人暮らしですよ」と私。「ちょっとお時間いいですか」と、彼らは私に調査票を手渡す。小雨が降っている。鉛筆で部屋のリストのようなものに名前を書いた。「10月1日に回収に来ますので」と彼。(……、10月1日って何曜日だろう?)「何時頃になりますかね?」と私。「同じくらいの時間ですけど、ここの二軒となりですから、いつでも来られますよ」(……、10月1日って何曜日だろう? 二軒隣というと、あのポスターが貼ってあった家か? 防犯照明の家か? 夫婦で国政調査員をやっているのか?)「わかりました。それじゃあご苦労様です」と私。そのまま封筒を持って更なる階段を降りようとすると、「それ、持ったままで大丈夫かな?」。「そうですね」とハキハキと応えて階段を駆け上る私。部屋に封筒を投げ込んだ私。またすれ違うとき「お忙しいところどうも」と女の方に言われて、ニコリと会釈を返す私。
◆聖書知識博士◆
日曜の夕方、私はなぜかシャワーを浴びたばかりで、なぜか物悲しくなっていた。インターホン、そしてドアをノックする音。私はインターホンに出て返事をしたが、ドアをノックする音がやまない。面倒なので私はドアを開けた。すると、一人の中年女性が立っていた。ややファンシーだが、質素な服装。笑みをたたえた顔は好みでなく、性的興味の対象外だった。「はい?」と私。「あの、私たち、聖書の役に立つ知識をお教えしているんですが、そちらさまが(二人称で何と呼ばれたか忘れた)、会社員の方か学生かわからないんですけれど、日常で役に立つような聖書の知識に、興味はありませんか?」と女。(……、会社員でも無職でもない半端物だよ。聖書か、頼んだら旧約聖書タダでくれないだろうか? そういえば新約も読みさしだった。しかし、エホバの証人はどいつも同じ事を言うな)「えーと、はい?」と私。同じ事を少しゆっくり繰り返す女。(聖書に興味はあるけれど、あなたには興味がないな。よく笑っていられる。いつも笑っているのだろうか。私もエホバの仲間になれば笑えるのだろうか)「失礼ですが、どちらの活動ですか?」と私。「私ども、ものみの塔という……云々」と女。(……、ものみの塔は人畜無害という風で、あまり嫌悪感は抱いていないよ。しかし、つまらないな。私も対話するほどの知識がない)「あの、興味ありませんので」とさわやかに私。来たときとまったく変わらぬ笑みをたたえたまま、お詫びと別れを告げる女。私は一度も目を会わさなかった。私はにこやかに対応しながら一度たりとも目は見なかった。  俺に会話は足りないし、あの女にも足りないのだ。俺はそう思って、ドアを閉めた。