『弓』/監督:キム・ギドク

弓 [DVD]

船の上で暮らす老人と少女がいた。10年前、老人がどこからか連れてきて以来、少女は釣り人を運ぶ船の上から一歩も出ないまま、もうすぐ17才になろうとしていた。それは、老人と少女が結婚する日でもあった。老人は、カレンダーに印を付け、その日を心待ちにしていた。

 「本当に美しいものってのは、一番醜いところに現れるんだよね」とか「真の芸術とは、日常の道徳観念や社会規範を超越したところにあるんだよ」とか「究極の愛は欲望の果てにあるんだよ」とか、一丁前にわかったような口をきいていい気になってるところに、「じゃあ、やるよ」って、ポイって熱々の熱湯入りヤカンをひょいと投げられたら、渋川剛気ですらないヘタレは「うわっ」となるわけで、まったくもってキム・ギドクはそういうところがあって、俺はそういうことになる。
 冒頭からクラッとくる。地平線がどこにも見えない海原、船体の腹に仏画が描かれていて、もうそれだけでやられる。『春夏秋冬、そして春』と同じ技なんだけれども、このワールズ・エンドな感じにやられる。そして、老人と少女の静かな生活……ではなく、のっけから俗の俗を客に突きつける。俗で普通に現代人の釣り客によって、「ロリコンのド変態ジジイ」というであることを突きつける。これが凄い。非現実的(そりゃあもう、力業で非現実をねじ伏せてるわけだけど)なファンタジーとか、そのへんに逃げ込めるようにぼかさない。
 それじゃあ、なんか変態の、『完全なる飼育』なの? というと、それでは終わらない。開けっぴろげで美しい海世界(『女学生ゲリラ』で若松孝二が言ってた「開放された密室」?)の映像、とんでもなく感傷的な音楽、そんなものでパッケージングされていて、なおかつ山崎努と仲代達也を足して二で割ったような爺さんが、ものすごく生々しく、下俗でいやらしい感じと、少しばかり仙人じみたところの絶妙なバランスであって、どことなく上戸彩を思わせる少女との関係も妙の境地。ここらあたりの揺さぶりというか、なんというか、それはもう『悪い男』などではとうてい至れなかったところと見る。
 しかしまあ、なんかこの監督の怖いところは、そっけなくというか、ぞんざいに、というと怒られるかもしれないが、あまりにも無防備な感じでこれを提出してくるところにあると、俺は勝手に感じている。オラーって感じで、どうじゃーって感じの、ホイって感じの。なんといえばいいかわからんが、計算や打算よりも勢い、みたいな(本当はものっそい綿密に構築されてるのかもしらんですが)。それで、やけに芸術的なテイストや対西洋人用東洋風味けれん兵器、俗の日常、生の欲みたいなものもまぜこぜになってて、こっちとしても困惑するのである。しかもさらにこの『弓』、ものっそいエロい。こんなにエロいの、いいのか? と思うくらいエロいのであって、俺でも思わず目を逸らしたくなるようなエロさは、AVはもちろんのこと、普通映画でもあまりお目に掛かれるものでなく(並び順間違ってない)、まったくもって鬼才だか奇才だかと呼ぶに値する映画監督なのだと思うのであった。
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