向精神薬は心に効かない

こんな話題を見かけた。

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おれには「近代に根ざした自意識」とかいうむずかしいことは、さっぱりわからん。わからんが、向精神薬をもぐもぐ食べて生きている人間としてなにか言いたくなった。

 

おれは手帳持ちの精神障害者である。最初に医者に行ったのは、朝、身体がまったく動かなくなったからだった。強烈な希死念慮というものも煮詰まっていた時期だったが、「医者に行かなければ」と決断したのは身体の問題だったといっていい。

 

そして、おれの双極性障害(躁うつ病)がもたらすものといえば、やはり「身体が動かなくなる」だった。それが主だった。ついでにあるのが不安症だが、これも動悸や汗などと見なせば身体の問題だ。

 

とはいえ、おれは自分が精神的に病んでいる人間であると、医者に行く前からずっと思っていた。「メンヘラ」であると。薬物によって「変われる」のではないか。なにが変わるのか。人格が。そんなことを、桜玉吉がプロザックを飲んで描いた漫画など読んで思っていた。

 

でも、医者に行くほどではなかった。行ったところで、「べつにあなた病気じゃないよ」と言われるのが怖かった。身体が動かなくなるまで行けなかった。あ、「身体が動かないのを精神科ではなくべつの領域だと思わなかったのか?」という疑問もあるだろうが、おれもまあ、三十年以上自分の身体を使ってきていたので、なんとなくわかるということもあるのです。

 

まあいい、おれは精神科にかかった。薬も処方される。おれは内心、薬で「変われる」のではないかと期待していた。おれの内向的で、人見知りで、人間嫌いで、引っ込み思案で、コミュニケーションが苦手で、勇気のない、怠惰な性格が、人格が。

 

だが、どうも医師にはそれがお見通しだったようだ。「薬で性格は変わらないよ」と言われた。えー、そうなの。

 

たとえば社交不安症の人がSSRIを内服した結果、対人関係や社会適応が大きく変化し自意識の悩みや虚無感が薄れていくチャンスを掴んだ、みたいなことは起こり得ると思います。ただし、そのときも向精神薬が直接的に自意識や虚無感を「治す」のでなく、症状や病状を改善させることをとおして間接的に「治すお手伝いをする」といった具合に、控えめに期待しておきましょう。

 

シロクマ先生が述べている、これだ。直接ということはない。もしもおれが抗不安剤で対人恐怖が軽減したとしても、直接社交的になれるわけじゃない。

 

とはいえ、プロザックなんかがアメリカに登場したときは、もうエンハンスメントのための薬剤くらいの売られ方をしたらしいが。

 

まあ、そんなわけで、おれは向精神薬をもぐもぐ食べて、べつに性格は変わらなかった。

 

「近代に根ざした自意識」かどうか知らないが、おれはどうもいろいろと考えるタイプの人間だ。もちろん、みんな文章にして公開しないだけで、いろいろ考えているのだろう。

 

しかし、考えごとの傾向についていえば、おれは精神のことについて多く考える傾向にある。金を稼ぐことにつながらないことについて、多く。仏教の本を読んでは悟りなのか、他力本願なのか考える。自分が楽しく生きられないのはなぜか、生きづらいのはなぜか考えて、アナーキストや革命家の本を読む。倫理学の本を読む。シオランを読む。ろくでなしの人間の書いたろくでもなくすばらしい小説を読む。

 

鬱屈しているといえばそうなのだろう。これがおれの性格であって、薬を飲む前からそうだったし、飲み始めたあともそうだ。どうにも変わらない。まったく変わらない。性格、人格、精神、心。自分で定義できない言葉はあまり使わないようにしたいが、使わないわけにはいかない。「心の病気」なんて言葉もあるし、「心」なんてあいまいな言葉がいちばんよいのかもしれない。どれを当てはめてよいかわからない。

 

わからないが、向精神薬で性格、人格、あるいは心、いうなれば精神は変わらない。これはおれの実感であって、病気の種類などによっては違うかもしれない。もちろん、間接的な効果はあるかもしれない。それでも、精神科医に直接言われた「薬で性格は変わらないよ」という言葉はそのとおりだと思う。向精神薬は「精神」と言いながら「身体」に効く。人間は心身相互の存在ではあるが。

 

そしておれは思うのだ。性格を直に変える薬作ってくれよ、と。マイナスを補って普通の人になれる。それどころかエンハンスメントされる。強化人間。目的はこの資本主義社会で金を稼ぐ能力を身につけるため。ただそれだけ。

 

おれの知能、技能、膂力では、この社会で食っていくのはむずかしい。生きて死ぬだけの金を稼げるコミュニケーション能力のようなもの、これだけは欲しい。欲しかった。そんな薬があればよかったのにと思う。

 

今からでも作れ。おれの自意識や虚無感なんてものは消えてなくなってよい。おれを資本主義的に救え。それだけだ。

 

あ、医者とたまに交わす言葉があって、「宝くじが当たればこんな病気なんともなくなるのにね」ってやつだ。本当の名医ならば悩めるものに五億円渡して解決だ。