おれが不老町の交差点で信号待ちをしていると、夏なのに黒いロングコートを着た男が話しかけてきた。
「……カープが首位陥落したな。どういうことだ?」
「現有の戦力で首位にいたほうがおかしい。末包すらいなくなったんだぞ」
「投手陣は充実している」
「とにかく打線がだめなんだ。相手のエラーがなければ点も入らない。末包の帰りを末しかない。島内もリフレッシュさせる。勝負はまだ先だ」
信号が変わった。おれは歩き出した。男も歩き出した。
「団子状態セ・リーグだ。最下位もあっという間だぞ」
「先発がしっかりしている。大型連敗はないものと信じるしかない」
「このままずるずるいくんじゃないのか?」
「いや、今は二位でいい。打鐘もまだだ。決勝線で微差でも勝利していればいいのだ」
「二位でいいのか。石丸は今やネットでも袋叩きだ。そして、蓮舫がどうなったと思っている。今ごろ党本部の地下で黒パンと塩のスープをすすっている。それがカープの末路でないか」
「信じろ。新井さんも今年はマネジメントに気を使うといっている。この間も去年の九月にはだれもいなくなっていたと発言していた。落ちてきた栗林を酷使することもないと信じろ」
「信用できん。しょせん家族野球だ。松山がいつまで代打の切り札あつかいされているんだ。年齢的な衰えは明白だろう」
おれたちは扇町一丁目交差点にたどり着いた。コートの男は汗をかいている。たくさんの汗を。
「おまえ、その格好はどうにかならないのか?」
「これがテロリストの格好だ。決して目立ってはならない」
「今の日本の七月では逆に目立つ。中央の指示でもあるまい、それがわからんのか」
「美学なしに革命はできない。補強なしにカープは勝てない。組織なしに都知事になれない」
「どれも無理な夢だ。おれはもう夢にもうんざりしている。なんでジャイアンツにヘルナンデスがいて、カープにいないのか。なにもしないからだ。だが、それも夢だ。もう一人レイノルズを掴まされるだけなんだよ」
「夢なしに革命はできない。貴様の言ったことは革命精神に対する重大な反逆だ」
男はポケットから細い鉄線を取り出すと、すばやくおれの首に巻きつける。躊躇なく絞り上げる。おれは声も出ない。
「パカ、パカ、元同志。カープは明日にでも首位を奪還する。敗北主義者はここで死ね」
太陽の直射が目を貫いた。やがて赤いもので視界が覆われた。緞帳がおりてくる。どこかでセミが鳴きはじめたような気がした。