労働嫌いのチャンピオンはだれ? 辻潤全集第2巻を読む

 

辻潤全集 (第2巻)

辻潤全集 (第2巻)

 

  だから、人のために物を書いたことなどは殆どない、同時に、自分が感じないことや考えないことを書いたこともない。要するにあまり融通が利かな過ぎるのだ。――この自分の頭は――自分の頭で考えている理屈からいうと、人のためにも、犬のためにも、豚のためにもなんのためにも書いたッて一向差し支えないとは思うのだが――さて、なにかしら書く段になると、自分の勝手気儘なことしか書けないのだ。幸い僕の書くものを喜んでくれる人があるから、買ってくれる雑誌社もあるわけだが、もしもそれがなかったら、自分はとうに餓死しているに相違ない。

「ものろぎや・そりてえる」

ネタバレをすると、結果的に辻潤は餓死している。もちろん食糧難の時代という背景はあるにせよ、筋を通している。筋を通す人間はかっこいい。辻潤はかっこいい。理屈の上で犬や豚のために(たぶん比喩ではあるまい)に書いたっていいってところもいい。この「アンチソシャル」な人間っぷりはすばらしい。

しかしまあ、おれもブログなんか書いているのは勝手気ままだ。おれがインターネット黎明期に知った金言「モニタの向こうにいるのは犬かもしれない」、その調子でてきとうに文章を垂れ流している。垂れ流していると、米とかもらえるので、それはつくづく幸いであると思える。それにしたって、家賃を米やパスタで払えるわけもなく、金のためにものを書いてブログから月に十万も二十万も百万も収益を得ている人間とは、土俵自体が違うと思おう。感情と理屈の双方から、おれもそのくらい収入があればな、と思っているのは一応書いておく。

 道楽といえば私にとってはまず読書と酒とである。それを取り去ると私の生活がゼロになってしまうといっても差し支いはない。

「どりんく・ごうらうんど」

しかしまあ、人が見てどう思うかしらないが、おれは辻潤に似ているな、と勝手に思ってしまう。おれは読書と酒とあとは競馬なんかが加わるが。辻潤も尺八があるんじゃないのか。いや、尺八はプロ志向だったか。いずれにせよ、辻潤みたいな人がこの世界の片隅でそれなりに生きていくには時代が悪かった。ただ、それでも辻潤辻潤を生きたのだからたいしたものだ。

 どんな人間でも、労働の嫌いな点で僕にかなう人間はいまい、第一、そいつがどうしても避けられないときているから、ますます僕は考えただけで嘔吐を催したくなる。

「うんざりする労働」

 おれも含めてだが、労働嫌いの人間は「おれが労働嫌いのチャンピオンだ」と思っているふしがあるように思える。そして、労働嫌いを放言する人にかぎって、わりと働いたりしている。事実、辻潤もこの文章に続けて「最近の半年というもの、日曜をひっくるめて一日十六時間働きつづけてきた」と書いている。本当の本当に労働嫌いの人間というのは、そんなことおくびにも出さないで、静かに、目立たぬように、あるいは働いているふりをしてサボっているのかもしれない。

 人間はいつの世でも概して幸福になりたがらな過ぎる。自ら不幸を招いている方が多い。僕は自分でもオシャカの弟子のつもりでいるが、オシャカは唯我独尊的に彼の「幸福」を把握したのだ。彼のひどいどん欲は更に進んで一切の衆生をみんな彼自身の如く幸福にならしめんと努力したのだ。僕は勿論、僕自身の流儀に従って幸福になるより方法はない。マルキスト等はまたかれらの流儀で人類を幸福にしようとしているのだ。

「Mの出家とIの自死

 そしてこれである。「幸福になりたがらな過ぎる」(後半読みにくい)。そういうところが人間にはある。仏教仏教で、マルクス主義マルクス主義で人類を幸福ならしめんとする。しかし、それは「どん欲」なのかもしれない。すなわち不幸を招いているのかもしれない。地獄への道は善意で舗装、そういう話かもしれない。しかしまあ、それでも仏教というやつは「オシャカ」自身のごとくを追求すると「いま・ここ・自己」の究極に行くか、絶対他力に行くかで、それほど害はなさそうだ。もちろん、やけに折伏に熱心な流派だってあるけれど。それにしても幸福になりたいものだ。人類みな幸福に。

こんな風なことをいったり、考えたり、「ユウトピヤ」がくるとかこないとか論じている間に、ブルジョアジィという現実の立派なユウトピヤンは、チャント御自分様だけのユウトピヤを享楽してござるにちがいない。「ユウトピヤ」を夢見る人間はいつも懐に金のない貧乏な空想人の仕事なのかも知れぬ。

 ……とかいってるおれもデイ・ドリーム・ビリーバー、永久革命者の悲哀といったところか。今日は日曜、空想人の仕事でもしようか。

<°)))彡<°)))彡<°)))彡<°)))彡

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絶望の書・ですペら (講談社文芸文庫)

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 ……まあ、この一冊読めばエッセンスは詰まってると思う。

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