ラストダンスは私と

http://www.nikkansports.com/ns/horseracing/p-hr-tp0-041221-0007.html

「この先の騎手人生は長いと思うけど、この馬みたいな勝ち方をする馬には、もう出会わないかもしれない」

 思い出の有馬記念は?と聞かれたら、私は一昨年の有馬記念と答える。その年の有馬記念は、レースの数日前まで、あまり面白味を感じなかったのに。そう、競馬新聞の馬柱を見ていて、フッと何かが降ってきた。降ってきたとしかいいようのない感覚だった。それは「タップダンスシチーで勝負になる」と私に言わせた。私はブービー人気のタップダンスシチー単勝を厚めに、人気どころへ数点の馬連を買った。私のささやかな冒険だった。
 レースは一番人気のファインモーションが先手を取った。武豊騎乗の三歳牝馬だった。ファインモーションはマイペースで先行した。誰も鈴をつけに行こうとはしなかった。ただ一人、佐藤哲三だけは違った。十三番人気の馬で、するするとファインモーションに競りかけていった。
 多くの人はその光景を見て、悲鳴を上げたかもしれない。けれど私は、その光景に完全にしびれてしまった。たった一人の叛乱、たった一頭の下克上。そして、ファインモーションを振り切り、後続を振り切り、ゴール目指して逃走をはじめるタップダンスシチー。私は何度も「タップダンス、タップダンス」と言った。何度も「タップダンス」と言ったと思う。後ろからは、ただ一頭シンボリクリスエスが迫ってくる。どんどん差が縮まってくる。そしてついに、ゴール前で力尽きたタップを、黒鹿毛の三歳馬が見事に刺し殺した。まるで制裁のような差し切りだった。しかし私は、タップダンスシチー佐藤哲三に惜しみない拍手をおくりたいと思った。私は、競馬をやっていて心底よかったと思った。
 今年の有馬記念タップダンスシチーの立場は微妙だ。迎え撃つ立場にあるのか、若い王者への挑戦者なのか。しかし、そんな中だからこそ、佐藤哲三は見事にさばくかもしれない。人気も立場も関係なく「やることをやる」男なのだ。
 けれど、私はタップダンスシチーの馬券を買わないかもしれない。時が経てば、男も女も街もかわるもの。ダンスの相手だってかわるもの。発売締め切りのベルが鳴るまで、私の決意はわからない。