「今日はどんな嫌なことがあるんだろう?」

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朝起きる。「今日はどんな嫌なことがあるんだろう? と思う。

子供の頃からそうだった。「今日も楽しいことがあるだろう」だなんて思ったことは、一度もない。

忘れ物をしたらどうしよう。先生に当てられて恥をかいたらどうしよう。いじめられたらどうしよう……。

それがそのまま、大人になった。仕事でトラブルがあったらどうしよう。ついに会社の資金繰りに行き詰まったらどうしよう。街角でヤクザにからまれたらどうしよう。自転車のタイヤがパンクしたらどうしよう。金もないのに病気で倒れたらどうしよう。葬式代もないのに親が死んだらどうしよう……。

きょうはどんな嫌なことがあるんだろう?

なんでこの世は嫌なことだけあるんだろう?

楽しそうな予定が入ってる日だってあるだろう。それでも、思うのだ。急にお腹を壊したらどうしよう。電車に乗り遅れたらどうしよう。電車が動いていなかったらどうしよう。同行者に嫌われたらどうしよう。財布を落としたらどうしよう……。

嫌な思いはしたくないが、世の中は嫌なことしか用意されていない。不安が世界を覆っていて、愉快なことなど人生のうちで七回あるかないかだ。どうせ今日も馬券は当たらない。思わぬところから遺産が転がり込んできたりもしない。

だから、自分を変えよう、考え方を変えよう、そんな自己啓発本みたいなものが本屋に山積みになっている。今日もセミナーはあなたを誘っている。そしてさらに不安の沼に沈んでいくのだ。

悲観は気分に属し、楽観は意志に属する。おれに意志なんてものはない。もしあったとしても、幼い頃に潰されて、粉々になってしまったのだろう。

この社会は、嫌なことばかりおれに与えないのに、おれから奪っていくものは奪っていく。社会の奴隷になって、不安と嫌なことにまみれて、最期に報われることもなく死んで灰になるだけだ。

これになんの意味があるんだ。これになんの意味があるんだ。おれになんの意味があるんだ。

夜はハードリカーで酔いつぶれて、深夜目を覚ます。抗精神病薬睡眠薬を飲んで寝ようとする。眠れない。ラジオをつけてみる。余計眠れない。ラジオを消してみる。やはり眠れない。

そして思う。

明日も嫌なことがあるんだろう。