『修羅維新牢』山田風太郎

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「江戸で、誰でん彼でん、旗本んウロウロしちょッ奴ゆ掴めッ来ッな、薩摩ん者が一人でん殺されたなあ、十人斬ッとじゃが。そしてそん事布告すッとじゃが」

 古本屋で購入。解説文に中村半次郎a.k.a.桐野利秋)の名が見えたので、てっきり‘人斬り半次郎’が主人公かと思いきや、大いに違った。大いに違ったが、やはり山田風太郎の明治物は面白いのであった。今まで読んだのは『ラスプーチンが来た』(ASIN:4480033513)、『警視庁草紙』(ASIN:4309404111)、『明治断頭台』(ASIN:4480033475)あたり。いずれ劣らぬ傑作といっていいだろう。その中にあってこの『修羅維新牢』はけれんみが無く、地味な作品と言えるかもしれない。しかし、戦中派である筆者が、維新と太平洋戦争敗戦を重ね合わせつつ描いた明治元年の姿は、やはりぐっと読んでいて引き込まれるところがあるのだ。
 ストーリーの方は、官軍に対する辻斬りが横行することに業を煮やした中村半次郎が、上に引用したような布告を出す。薩摩の兵が一人斬られたら、無差別に旗本を一人斬る。そして、運悪くその十人としてひっ捕まってしまった侍たちの、十人十色の人生が描かれるのが本編である。ある者は志に燃える若武者、ある者は陰間買いの半白痴、ある者は百姓から侍になったばかりの者……。さらにそれぞれのストーリーが微妙に重なり合っているあたり面白い。そして、その十人が迎えるそれぞれの運命に、山田風太郎ならではの死生観や、一種の虚無が感じられて、俺としてはうなるしかないのである。
 というわけで、有名人となると上の半次郎か、あるいは勝安房が顔を出すくらいではあるけれど、ぴりりと辛い小説なのであった。昨夜教育テレビで鹿島茂山田風太郎について語っていたけれど、「大うそつき」の小説だからこそ、カチッとした真が描かれているのではないかなどと思った次第である。